動物行動学から見る人材教育<馬銜を受けさせる〜絆を結ぶ>

-----ひと言で説明すると絆を結ぶことです-----

馬銜と書いて"はみ"と読みます。

聞き慣れない言葉だと思います。馬の口の中に入れてライダーの意思を伝えるための道具です。どちらかと言えば"クツワ"(轡)の方がなじみがあるかもしれません。

がちゃがちゃがちゃがちゃクツワムシ・・・

童謡「虫の声」に登場するクツワムシのクツワとは、この馬銜のことを指します。金属で出来ているため、揺れるとガチャガチャ音がしますので、これがクツワムシの鳴き声に似ているそうです。ライダーは馬銜を使って、自分の意思を馬に伝えます。

通常レイニングでは縦80メートル横40メートルの馬場を使用します。この馬場の中を規定通りのパターンを描く事になります。もしこのパターンが1種類であるならばライダーは馬にパターンを暗記させれば良い事になりますが、10種類のパターンをすべて暗記させる事は不可能です。もし馬場の中のある場所で特定の動きを繰り返したならば、馬は場所と動きをリンクさせて覚えてしまい、その場所に来たらライダーの意図にかかわらずその動きをするようになります。これを避けるためにライダーはライダーの指示を待ってその指示通りに動く事を馬に求めます。

馬がライダーの指示を待ってその指示通りに動くためには、常にライダーに意識を向けておく必要があります。もし馬場の上を横切る鳥に気を取られたならば、次のライダーの指示を見逃したり反応が遅れたりします。指示を出した瞬間に反応する馬にするためには、ライダーは何をすれば良いのでしょうか。



-----馬銜受けとは信頼関係の構築です-----

馬が常にライダーに意識を向けていて指示を出した瞬間に反応させるためには、馬が常にライダーの指示を受け入れられる状態にしておかなければなりません。馬は被捕食動物ですので、自分の周りで素早く動くものがあれば本能的に反応するように出来ています。なにか気になるものが視界に飛び込んできた瞬間に馬の意識はそちらに向いてしまいます。従ってライダーに意識を集中していなければ、馬場の周りを犬が走り回ったり頭上をカラスが飛んだ時にはそちらに意識を向けるようになります。

そこでライダーは、馬とライダーとの間で信頼関係を築くところから始めます。これを「馬銜受け」と呼びます。馬銜を通してライダーは、自分に従っていることが最も安全であることを馬に伝えます。馬に対して常に一貫した指示を出し、わずかでも反抗を見せたならば一貫して叱り、従順に従ったならばその瞬間に一貫してほめることが求められます。ライダーが常に一貫した行動を取るならば、馬は何をすれば良いかの判断が容易となります。こうして馬がライダーを受け入れると、ライダーに全幅の信頼と畏怖・尊敬を感じるようになります。

「アバター」という映画がありました。あの映画の中で馬に似た動物が出てきましたが、触手を絡み合わせることで絆を築くと言っていました。まさにあれが「馬銜受け」です。あの瞬間に馬は全幅の信頼をライダーに向けることになるからです。こうなるとライダーが右という指示を出したならば、馬は何の疑いもなく右に進むようになります。たとえそこで犬(馬にとっての天敵となります)が走り回っているとしても、ライダーがストップという指示を出したならば馬は躊躇せず止まるようになります。 まさにこれが人馬一体という状態です。ライダーの意思が馬銜を通して馬にダイレクトに伝わっている状態ですから、ライダーの意思通りに馬が動くことになります。こうなってはじめて馬の持つパフォーマンスが最大化されることになります。

つまり「馬銜を受けさせる」とは、馬がライダーに全幅の信頼を寄せている状態であり、常にライダーの指示を待つ馬にする事でパフォーマンスが最大化している状態を意味します。



-----一貫性がキーワードです-----

人も同じです。

上司が部下に指示を出した時、部下がその指示に「いま忙しいんですけど・・・」などと言ったならばどうでしょう。その組織全体のパフォーマンスは果たして最高の状態を保っているといえるでしょうか。たとえどんなに困難な課題に取り組んでいる最中であっても、声をかけた瞬間に上司に集中出来るようになっていなければ、組織としてのパフォーマンスは落ちてしまいます。

もちろんそのためには、上司は上司としての威厳と信頼を損ねるような事は出来ません。常に指示する内容には一貫性を保ち、部下から全幅の信頼と畏怖・尊敬を受けられる存在でいなければなりません。部下が指示に従わなかった時に、ある時は????り、ある時は叱らずに放置したならば、部下はどうすれば良いかの判断がつかなくなってしまいます。常に一貫した態度を取ることで、部下は自分の行動が上司にどう映るかを予測できるようになります。こうなって初めて部下はその上司を信頼出来るようになります。

一貫性を保つ。

簡単なようで難しいことです。しかし社会心理学でも証明されているとおり一貫性を保つことが他人に影響力を及ぼすための武器となることは間違いなさそうです。