動物行動学から見る人材教育<リリースポイントを見逃さない>

-----ほめるタイミングですべてが決まります-----

動物行動学から見る人材教育<プレッシャー&リリース>でも触れたとおり、馬はプレッシャーから開放された瞬間にほめられたと感じます。ライダーはこのプレッシャーとリリースをうまく使いながら馬を意のままに操ろうとしますが、ここにもう一つ大きなポイントが潜んでいます。

それがリリースのタイミングです。

言い換えるといつほめてやればいいのかということになります。動物は基本的に理性で動いています。馬も例外ではありません。馬は今感じているプレッシャーを外してもらうことだけを考えています。そういう意味ではプレッシャーを外してやりさえすればタイミングはいつでもいいことになりますがそれではライダーの意図する目的は達成されません。

ライダーはなぜプレッシャーをかける(咎める)のかを考えてみましょう。

咎める理由は、それ以降咎めなくてもすむようにするためです。

そのためには馬にその意図を理解させなければなりません。馬に意図を理解させるためにはほめるタイミングが絶対条件となります。馬は人語を解しませんから「あの時のあの動き良かったよ」というのは伝わりません。ライダーの意図する動きをしたならばその瞬間にほめてやる(リリースする)必要があります。これで馬は「今ので良かったんだな」と理解します。このほめるタイミングを間違えると馬は何が良かったのかがわからなくなります。




-----「あの時のあれ」では完全には伝わりません-----

人は人語を解しますから「あの時のあれが良かったよ」でも伝わります。しかし本当に「あのときのあれ」でいいのでしょうか。
ここで一歩踏み込んで「あの時のあれが良かったよ」の意味を考えてみましょう。
なぜ上司は部下にこのように伝えるのでしょう。この言葉の行間に隠れている言葉があります。

「これからは何も言わなくてもあの時のあれをやってくれよ」

この意図を理解させるために「あの時のあれが良かったよ」と伝えます。やはりそれ以降プレッシャーをかけなくてもすむようにするためだということがわかります。それでは想像してみてください。
上司が望む行動を見せた部下が、その行動を見せた時ではなくて少し時間をおいて「あの時のあれが良かったよ」と言われたならばどうでしょう。
それが数時間後ならばまだ十分伝わるでしょう。それでは翌日だったらどうでしょう。翌週であれば。
あるいは翌月であればどうでしょう。期間が開けば開くほど、ほめられた時の嬉しさが減少するのがわかるでしょう。と同時に「またその行動を起こそう」という自発的なモチベーションも少なくなっていきます。

馬も人も動物であることに変わりはありません。自発的なモチベーションは自らを保護するためだけに発揮され、決して他者のために発揮されることはありません。それが悪いと言っているわけではなく、それを理解するとリリースポイント(ほめるタイミング)が掴みやすくなるでしょう。




-----人にはほめてもらいたい瞬間が存在します-----


人は一般的にほめてもらえる事をした時は「今この瞬間にほめてほしい」と考えているものです。人はほめて欲しい瞬間にほめてもらうと最大の充足感を感じます。この充足感は自信につながると同時にほめてくれた人に報いようという心情に変わります。

この瞬間を見極めるのは難しそうに感じますが決してそうではありません。その欲望はその人の全身から滲み出すように出ているものです。皆さん自身がどんな時にそう感じるかを想像してみてください。

ほめるタイミングとは、咎められていた原因が取り払われた瞬間だということがわかるはずです。


一般的に人は叱るタイミングを見極めるのは上手ですが、ほめるタイミングを見極めるのが難しいようです。その原因はどこにあるのでしょう。リリースポイントを見極める事はそんなに難しい事なのでしょうか。
多くの場合「あとでほめてやろう」と考えてこのタイミングを逃しているケースが多いようです。

「明日の朝礼でみんなの前でほめてやろう」または「来週の全体ミーティングで・・・」あるいは「次の賞与で報いてやろう」など。

もちろんこれらもほめるという点では間違いではありません。しかしせっかく最大限に自己実現を感じさせられる瞬間を逃している事も事実です。




-----なにが良かったかをピンポイントで伝えることが大切です-----


リリースポイントが重要であるもう一つの理由がなにが良かったのかをピンポイントで伝えることができることです。


馬のトレーニングにおいてライダーが馬に「前に進め」という指示を出したところ、馬がそのリクエストに答えて前に進んだとします。この時ライダーは「馬は前肢から踏み出したのか後肢から踏み出したのか」や「踏み出した前肢をどこに下ろしたのか」あるいは「どの程度の歩幅で踏み出したのか」など多くのポイントを一瞬でチェックします。その結果問題があったならばそれを馬に教えていきます。

問題点が一つであるならばまだしも複数の問題点があったならばどうやって教えて行くのでしょう。
一度に多くの事を求めても難しいため一つずつ教えて行く事になりますが、この時にもリリースポイントが重要となります。

解説が少し複雑になります。
馬が前に進むためには多くの運動を伴います。ということはもしライダーが望む動きを見せたとしても、前に進んでしまったあとでは馬はどの動きが良かったのかがわからなくなってしまいます。そこでライダーは求める動きを見せた瞬間にほめる事で、なにが良かったかをピンポイントで馬に伝えます。前に進むために必要な動きを細分化してそのすべてがライダーの求める動きになったならば、その馬はライダーの求める前進ができる事になります。

ライダーは馬に求める動きをさせる事が目的なのであり、それを最も効率的に伝えるためにリリースポイントを常に見定めている事になります。上手なライダーであるほどリリースポイントの見極めが的確です。




-----部下に求めるものも細分化する事が可能です-----


人の場合も同じです。上司が部下に望む事は多くの場合複数の行動を伴います。これを一度にさせようと思って多くの上司が悩んでいるのではないでしょうか。

「あいつは○○はいいんだけどなぁ・・・」とはよく聞く言葉です。

一度求めるものを見直して細分化してみてはいかがでしょうか。

その上で一つ一つをピンポイントで伝える事が的確であり効率的であると思います。

そしてその時はリリースポイントを見逃さないように注意しましょう。