動物行動学から見る人材教育<ほめないほめ方>



-----ほめて育てるのがいいと言われていますが-----


「ほめる」とはどういうことでしょう?
改めてこう問われると、即答に困るのではないでしょうか。
それではゆっくり考えてから答えてください、と言われたら・・・。
「人の行いを評価して、それを称えること」でしょうか。
大辞林によると、ほめるとは「高く評価していると、口に出して言う。たたえる」とあります。
そして多くの人が、そのように考えていることでしょう。
果たして本当にそうなのでしょうか。
今一度、ほめるということについて考えてみましょう。


-----相手に伝わらなければ、ほめたことにはなりません-----


それでは動物行動学的に見てみましょう。
過去のエントリー「動物行動学から見る人材教育<小さな反抗>」でも触れましたが、馬は<小さな反抗>を使ってライダーを試します。
ベテランのライダーであれば、すぐにこの<小さな反抗>に気づいて、その瞬間に馬を咎めます。
咎められた馬は次第にライダーに集中するようになり、最後はライダーに従うようになります。
こう書くと、馬は咎められてばかりに見えますが、実はそうではありません。
ライダーは馬が反抗したときには咎めますが、従順に反応したときにはほめてやるのです。
それでは考えてみてください。ライダーはどうやって馬をほめるのでしょうか。
「よくやった、それでいいんだよ」と声をかけるのでしょうか。
「さすがだね、次もその調子で頼むよ!」とほめるのでしょうか。
残念ですが、馬は人語を解しません。
どんなに素晴らしい誉め言葉を用いても、それは馬をほめたことにはなりません。
ではどのようにしてほめるのでしょうか。


ライダーは二通りの方法で馬をほめます。一つは「明示的に撫でることで馬をほめる方法」です。
ライダーは馬が従順に従ったときに、馬の首筋を撫でてやったり、首やお尻を軽く叩くことでほめます。
馬は首筋を撫でられたときに「ああ、今ので良かったんだな」と学習します。
これを繰り返すことで、馬はライダーの求める動きをするようになっていくのです。
この「明示的に撫でることで馬をほめる方法」はまだ理解しやすいでしょう。
しかしライダーが馬に送る「ほめる合図」のうち、圧倒的に多いのはもう一つの方法です。
それが「何もしないことで馬をほめる方法」です。


-----何もしないほめ方とは、どのようなものでしょう-----


なぜ何もしないでほめることが出来るのでしょうか。
ここで咎める・ほめるを再認識してみましょう。
馬の行動がライダーにとって好ましいものでないとき、ライダーは馬を咎めます。
咎められた馬は、そのプレッシャーを外して欲しいと考えます。
そこでライダーは、馬が指示に対して従順に反応したときにこのプレッシャーを外します。
馬はプレッシャーを外されると「嬉しい」と感じます。
嬉しいと感じた馬は、ライダーが同じ指示を出したときにも素直に従おうとします。
これを繰り返すことで、ライダーは馬を思い通りに動かせるようになるのです。
このそれまでかけていたプレッシャーを外すことこそが、ほめないほめ方です。


わたしの恩師の話をしましょう。
わたしの恩師は、非常に厳しい方でした。
今から考えると、あり得ないぐらいに叱り散らしている人でした。
毎日毎日限界まで叱られ続けたことも、一度や二度ではありません。
いつでも叩きつけられるよう退職願をスーツに隠して仕事をしていた時期もありました。
その厳しい恩師が、ふとした瞬間に一言「それでいい」と言ってくれることがありました。

あるいはわたしが作成した申告書をチェックして、何も言わずに返してくることもありました。
わたしはこれが嬉しかったのです。
なぜならば、それが恩師のほめ方だとわかっていたからです。
こうしてわたしは「どうすれば何も言われなくなるか」を考えて仕事をするようになりました。
「何もしないこと」を通して、恩師が本気でわたしに満足してくれていることを感じ取ることが出来たからです。


-----ほめられた人が「ほめられた」と感じることが大切なのです-----


ここからほめることについて、非常に重要なポイントが見えてきます。
その行為がほめたことになるかどうかは、相手がその行為をほめる行為であると認識している必要があるということです。

逆に言うと、その行為をほめる行為だと認識していさえすれば、どんな方法でもかまわないということになります。
つまり、ほめたかどうかはほめた方が「俺はほめた」と思っていても、ほめられた相手が「私はほめられた」と感じていなければ意味がないということです。


経営者の中には、どうしてもほめるのが苦手だという方も多いことでしょう。
その場合には、ぜひこの「ほめないほめ方」を使ってみてください。
次のエントリーでは、具体的に「ほめないほめ方」の使い方について解説してみたいと考えています。