オンリーワン取引は危険度100%ーその5

(承前)
最後に【4】利益の源が実質的に一つのもの(人、商品、支店など)に集中している状態です。
「取扱商品が単一品目である状態」に似ていますが、こちらは複数品目を取り扱う場合でも起こりうるリスクとなります。


これも例をあげてみましょう。
O社は現在3つの店舗を経営しています。
ここまでは順調に拡大してきたO社ですが、4店舗目を出店したところで大きく躓きました。
それまでは地元密着型で店舗展開を勧めてきたO社は、4店舗目を東京に出したのです。
もちろんそれまでのノウハウを投入すれば東京でも同じように収益を上げられるとの見込みがあったようです。
ところが実際に出店したところ、来店者数が増えないどころかリピート率も全く上がりませんでした。
営業も広告も全く反応がなく、途方に暮れた社長が弊社にコンサルティングを依頼されました。

現場を見せて頂いてすぐに判ったことがありました。
店長の資質が低すぎたのです。
経営者としてのスキルを全く持たない人が店長を任されていました。
そこで地元の3つの店舗も同様に見せて頂くことにしました。
すると驚くことに、これらの店舗の店長たちも経営者としてのスキルが欠落していたのです。

なぜ地元の店舗は順調であったにもかかわらず、東京の店舗は伸びなかったのでしょうか。
実は社長の直属として、一人の優秀な部下(Tさん)がいたのです。
地元の3店舗は比較的距離も近かったため、なにか問題が起こったらこのTさんが駆けつけていたのです。
さらには成績がふるわない店舗についてはTさんが朝礼に立ち会って直接指導をしていました。
東京の店舗は遠すぎて、Tさんの目が届かなかったのです。


これが利益の源が実質的に一つのもの(人、商品、支店など)に集中している状態です。
O社のケースでは、利益の源がTさんという一人の優秀な部下だったということになります。
これには店舗展開時にリスクがあるだけではなく、Tさんの退職リスクも存在します。


このような例もありました。
手塩にかけて育てた幹部候補の女性社員が、突然の妊娠により退職。
このケースでは、果たして突然妊娠した女性社員に問題があるのでしょうか。
そうではありません、このように経営者サイドではどうしようもないことが起こるものです。
それを事前に予測して対応しておかなかった経営者サイドに問題があるのです。


時間を20年ほどさかのぼりましょう。
バブル崩壊前の日本では、一人のエースよりもチーム全体を優先させる経営手法が採られてきました。
これが可能であった背景には年功序列型の昇進制度がありました。
優秀な社員がどんどん登用されていく実力主義の評価制度ではなく、全体最適化を前提としての評価制度でしたから、誰か一人の社員が抜けたからといって致命的な問題は起きなかったのです。
しかし最近の人事評価制度である実力主義は、能力のある社員がどんどん登用されていきますが、ここで大きな問題が起こってきました。
能力のある社員が、必ずしも経営手腕に優れているとは限らないのです。
特に人材活用・人材教育などのスキルに欠けている社員が多いのです。
実力主義とは自分のスキルが高ければ評価されるわけですから、自らのスキルを部下に教えることは大きなリスクとなるのです。
こうして多くの企業ではチーム全体の最適化よりも一人の優秀な部下に依存するようになっていきました。
これがバブル崩壊後の20年間で日本の企業が伸び悩むことになった大きな理由の一つだと考えています。


このリスクは超巨大企業にもあてはまります。
その代表的なものがアップル社のスティーブ・ジョブズ氏の問題です。
多くの人が認めるとおり、アップル社のスティーブ・ジョブズ氏は非常に優秀な人物です。
彼のカリスマ性と圧倒的な経営スキルが、今のアップル社を支えているといえるでしょう。
しかしそんなスティーブ・ジョブズ氏といえども、どうにもならないことがあります。
近い将来アップル社は、スティーブ・ジョブズ氏を失うときがきます。
そのときになっても今と変わらずに経営を進めていけるかどうかが、いま問われています。

2011年1月17日に、アップル社は「スティーブ・ジョブズCEOが病気療養のため休養する」と発表しました。
もちろん退任するなどとは一言も表明しませんでしたし、実際に社員に宛てた電子メールでは「私はアップルを愛している。出来る限り早期に復職した。」とあったそうです。
しかし、これだけのことで市場は過敏に反応しました。
ドイツのフランクフルト市場ではアップル株が一時8%超も下落した他、各国のアップル関連株が下落したのです。
この動向には理由があり、スティーブ・ジョブズ氏の入院はこれで3度目だからです。
市場はスティーブ・ジョブズ氏なき後のアップル社に大きな不安を抱いていることの証拠でしょう。

まさにこれも利益の源が実質的に一つのもの(人、商品、支店など)に集中している状態です。
2010年度末での株式時価総額世界3位の超巨大企業ですらそうなのですから、中小企業ではなおさらです。

アップル社のケースで過敏に反応したのは市場でしたが、中小企業のケースではどこが反応するのでしょうか。
これは金融機関なのです。
いま、日本は大規模な世代交代の時期に入っています。
ここ10年ほどで多くの中小企業は経営者の交代が生じます。
これを最も注視しているのが金融機関なのです。
彼らは先代経営者の経営スキルを信用して融資をしているのであって、その信用がそのまま後継者に引き継がれることはありません。
そのため、後継者には早いうちから経営に参画させて、金融機関にも信用してもらえるようにならなければなりません。


このようにオンリーワン取引には非常に多くのリスクがありますので、少しでも早く脱却する必要があるのです。
(了)