経営力の稚拙さから否決されたケース

P社はソフトウエア開発業を営む株式会社である。年商は5億円、営業利益は300万円。社長は38歳、独身である。社員は3名、ソフトの開発は9割以上が外注である。販売形態も外部の販売会社に委託。ここ3年ほどは順調に売上を伸ばしてきている。今期の経営目標はキャッシュフロー(税引後当期利益+減価償却費)700万円確保だという。売上高や当期純利益を目標値に掲げる経営者が大半を占める中、キャッシュフローを経営目的に掲げるところは好感が持てる。


今回の資金使途は現在開発中のソフトウエアにかかる外注費の支払い資金であった。現在返済中の借入金1,500万円がそろそろ終わるので、その借換で2,000万円の申込である。

借入金残高は1億5千万円。ソフト開発は先行費用が発生する。イメージとしては住宅の建設と同じようなものだ。契約時に1割程度の手付金をもらうものの、残金は完成引渡時になることがほとんどだ。ところがソフト開発中にも外注費や人件費などの出費はかさむ。そこで完成して入金されるまでの先行資金として金融機関からの融資を受けることが多いのだ。P社もこの先行資金として1億5千万円の長期融資を受けていたのである。
事前チェックをしたところ、形式基準である「売上高の半年基準」はクリアしているが、「税引後当期利益+減価償却費」で借入金の返済期間を計算すると20年であった。どうやら利益が薄いところに問題点が潜んでいそうなことがわかる。

審査に入るとすぐにある行員が発言した。

「なぜこんなに営業利益が少ないのでしょうか?」

「社長は積極的に節税に取り組んでいるとのことで、税金を払うぐらいならば先行投資をしようという考えだそうです」
間髪入れずに融資担当者がそう答えた。

このような場合、具体的にその節税策を見ていくことになる。間違った節税策で資金繰りが悪化している企業が多いからだ。
まず役員報酬をチェックしたところ年間750万円であった。節税に取り組んでいるにしてはそれほど多くない。中小企業が節税を考える場合、法人を作って役員報酬で所得を分散する方法が最もよく使われる。これは法人税の実効税率と所得税の実効税率を比較して、役員報酬で調整することで税負担が少なくなるようにできるからである。しかしP社では年間750万円ということは、それ以外の方法で節税していることになる。
それではと損益計算書を見ていったところ、気になる数字が見つかった。形式基準をチェックしていたときから気になっていたものだ。
減価償却費である。


「減価償却費が年間450万円とありますが、業態から考えて少し多いようですね。一覧表ありますか?」
一覧表とは減価償却資産の一覧表のことであり、企業が有する固定資産とその償却費の計算について一覧表にしたもののことである。通常は法人税の申告書の一部(別表一六)がその役割を担っている。


「なるほど、そういうことか」
P社の節税に対する考え方が、すぐにここから読み取れた。そこには超高級スポーツカーの名があったのだ。一般的にこのようなタイプの経営者は、ライフスタイルを重視する傾向がある。格安スーツを着てファミリーレストランで食事をすることよりも、上質なスーツに身を包み少し高めの店で飲食をすることを好む。
もっともそれ自体が問題となるわけではない。人にはそれぞれ好みや考え方がある。こちらの方向で節税に取り組んだところで、それが融資審査上問題視されることはない。金融機関が最重要視することは「返済してもらえるかどうか」である。どうやらしっかり儲けて、しっかり使うことが、この社長のスタイルなのだろう。


「でも、この利益でどうやってこの車を買ったんでしょうか?」
先ほどの行員がつぶやくように言った。
P社はここ3年ほどの業績は上がってきているものの、それまでは年商1億円にギリギリ届かないぐらいの売上高で推移していたのだ。利益も赤字と黒字を繰り返すような状況であり、超高級スポーツカーを買えるほどの資金が貯まっているとも思えなかった。


「となると借入?これまですべて運転資金で申込みされているようですが」
借入金の内訳書を見ながら続けた。
このようなケースで考えられることは、融資資金の目的外利用である。運転資金目的で借りた資金で自動車などの設備を購入することは目的外利用であるので、金融機関との契約違反となる。ただ、個人の生活費に充当するなどまったく事業に関係のない目的に利用すれば大きな問題となるが、事業目的の固定資産の購入に充てるなどの場合には大目に見てもらえることもある。もちろん完済が見込める場合に限るが。


「これまでの返済も順調のようだし、申込額も大きくないし、まぁ行きますか」
融資実行の方向での発言が出たその時、突然待ったがかかった。


「このクルマ、信販系フルローンですよ」
先ほどからじっと決算書をのぞき込んでいたある行員が指さす先には未払金の内訳書があった。
そこにはある信販系ローン会社への未払金として1,200万円の記載があったのだ。
自己資金で購入することはもちろん出来ないし、設備資金で申し込んでもまず通らないだろうというところから、全額ローン会社を通して購入していたのだ。確かに高額な固定資産は節税には使えるものの、それ以上のキャッシュアウトがあるため、経営悪化の要因となることがある。特に借入金やローンで購入する場合は、その後の増加キャッシュフローで返済原資以上を稼げる見込みが必要なのだ。

どうやら問題点が出そろったようだ。返済可能性を別とすると今回のケースで最も問題となるところはおカネの借り方なのだ。これは経営者の資金繰りに対する考え方・知識が如実に見えるところでもある。
今回外注費の先行資金として5年返済の長期借入金の借換で申込があった。P社はこれまでの長期融資もすべて外注費の先行資金としてのものであった。資金繰りを考えた場合、これは大きな間違いなのだ。

建築業やソフト開発業などのように、一時的に費用の立て替えが必要となる業種がある。
これらの業種における共通の特徴は完成引渡時に一括回収できるところにある。その回収までの期間、一時的に資金が不足するだけなのだ。つまり引き渡してしまえば多額のキャッシュが手許に入る。そのキャッシュで返済できるので、その期間内での短期融資が原則なのである。

実を言うと、これは金融機関にも責任の一端がある。このような短期融資を申し込んでも、金融機関側から長期融資への誘導があることが多い。P社はこれに乗ってしまっていたのだ。
本来短期で返済すべき資金を長期で繰り返し借りてしまうと、月々の返済額がどんどん増えていくことになる。P社における借入金返済月額はスポーツカーのローンを含めると、元本だけで年間1,300万円になる。借入金の返済資金は経費にはならないので、この返済原資は増加キャッシュフローで賄わなければならない。ところが社長の今期の経営目標はキャッシュフロー(税引後当期利益+減価償却費)700万円確保。つまり差引600万円は返済資金が不足するということになる。こうなると借入金返済のために借入をする必要が出てくる。こうして企業は破綻に向かって進んでいくことになるのだ。

結論は、否決。
超高級スポーツカーという安易な節税策、本来は自己資金で賄うべきであり、融資を使う場合でも短期で賄うべき先行資金での申込、これまですべての資金調達を金融機関に頼りきりで自己努力が見られない点などの経営能力の欠如から総合的に判断された結果であった。

「これまで銀行融資を断られたことがないようなので、ここで一度頭を打っておくのも今後の経営のいい勉強になるだろう」
上席の行員の言葉が重く心に染み渡ると同時に、金融機関から言われるままに融資を受けることの危険性を目の辺りにしたケースであった。

(注)ストーリーそのものは架空であり、事業者も特定できないようにしています。ただ各回でポイントとなっている部分は事実であり、実際に審査会議で問題となった部分です。