間違った経営指導が企業を倒産に追い込んだケース

F社は大手出版社や広告制作会社からの注文を受けて広告を制作している株式会社である。年商は3億円、150万円の赤字を出している。社長は71歳。後継者は無し。
前期は200万円の黒字、3年前は50万円の赤字であった。
今回の借入目的は広告制作に使用するインクやフィルムなどの仕入代金として500万円、当面の運転資金として500万円の合計1,000万円であった。
現在の借入状態はというと、金融機関からのものはメガバンクから保証協会付きで1,000万円(残額550万円)の1本のみ。あとは妻と義理の母親から合計で3,000万円の借入がある。金融庁が発行している金融検査マニュアルによると「代表者等からの借入金等については、原則として、これらを当該企業の自己資本相当額に加味することができるものとする。なお、代表者等が返済を要求することが明らかとなっている場合には、この限りではない」とされている。社長に確認したところ、当面は返済を要求されることはないとのことなので、実質的な借入金残額は550万円ということになり、今回依頼のあった1,000万円を加えても合計1,550万円となる。これは形式基準の一つである「売上高の半年基準」を大きく下回る額である。


基本的なデータが揃ったところで審査に入る。
審査の場においてはじめに行うことは「財務諸表の組み替え」である。財務会計の視点で作成された貸借対照表には前払費用や繰延資産など財産性のない資産がたくさん計上されている。換金できない資産を削り、自己資本とみなせる借入金を外すなどしながら、実質的な企業の返済能力を把握するための作業だ。土地などの固定資産や有価証券もザックリではあるが時価に置き換える。
この作業で最も難しいところは焦げ付いた売掛債権や売れなくなった在庫のピックアップである。もちろん社長本人に確認はするのだが、なかなか全てを正直に話してくれる経営者は少ないのも事実だ。売掛金の内訳書などから長年多額の売掛金が残り続けている会社などを確認していくしか方法はない。調査の結果、売掛債権や在庫に関しては大きな問題はないということになった。チェックを進めていくうちに問題点が浮かび上がってきた。多額の貸付金が計上されているのだ。過去3年間の流れをチェックしたところ、毎年150〜200万円ずつ増加している。相手先は社長だ。
経営者に貸付金が発生する理由の90%は生活費の不足が原因である。私生活が派手で生活費が不足するケースもあるが、今回のケースはたまに審査の場でも見かけるもので、粉飾の手口の1つなのだ。この手の粉飾は十中八九プロの仕業である。つまりは税理士がアドバイスをしていることがほとんどだ。理由は通常素人では思いつかない方法だからである。


法人の場合、社長の生活費は役員報酬という形で支給される。会社が社長に給料を支払うということだ。この役員報酬は経費となるので、多ければ多いほどその分利益が減少する。この性質を利用するのが法人設立による節税の初歩となるのだが、業績が悪化して赤字が蓄積され始めると、この赤字を消すために今度は逆に役員報酬を減らし始める。役員報酬、つまり経費を減らすことで利益を出そうという考えである。役員報酬を減らして利益を出すところまではいいとして、それでも社長には社長の生活がある。家族もいれば住宅ローンが残っていることも多々あるのだ。ましてや子供が大学受験を控えていたりしたら、必要な生活費の額もバカにならない。無理に役員報酬を減らしたところで、社長が持ち帰る生活費は以前と変わらない額となる。この社長が持ち帰る生活費の額と役員報酬との差額を社長への貸付金として処理しているのが今回のケースなのだ。

このような場合、審査会議ではこの貸付金を回収不可能なものとして資産から外すことになる。と同時に本来の役員報酬として経費にプラスして組み替えるのだ。こうして苦肉の策の粉飾はいとも簡単に見破られることになる。
F社で計上されている役員報酬は年間120万円。社長の家族は社長、奥さん、子供が2人の4人である。とてもではないが月10万円では生活できるはずがない。年金収入があるとはいえ年間80万円程度なのでこれでは追いつくはずがない。そこで生活費の不足分が年間200万円ほどあったので、これを社長への貸付金としていたというわけだ。


資産の組み替えが終わると、次は負債である。よくあるのはリース債務の計上漏れ。中小企業ではリース料を支払った時点で費用として計上する方法が認められているが、その場合はリースの残債を注記しなければならないことになっている。これが抜けているケースが多いのだ。これに関してはリース契約書をチェックすることで簡単に確認は出来る。貸借対照表の負債の部を組み替えているとき、ふと気になる数字が出てきた。買掛金が多いのだ。社長には締日と支払日はあらかじめ確認しているが、その倍以上の買掛金が残っていた。調べてみたところ、ある外注先への支払いを分割払いにしてもらっていることがわかった。どうやらかなり資金繰りが悪化しているようだ。
その時ある行員が声を上げた。

「社長からの短期借入金が増えていますね」

社長には毎月貸付金が生じていたほどであるから、借入が出来るはずがない。であるにもかかわらず年間50万円ほどの借入金が増加していたのだ。あとで確認してわかったことだが、この借入金も粉飾だったのだ。年に数回、社長への役員報酬が支払われていなかったのである。通常はこのような場合、未払金として処理される。給料の未払が計上されているということは、資金繰りが悪化している証拠となる。これを懸念した税理士が未払金を借入金にすり替えていたのだ。一旦支払った役員報酬の一部を会社が社長から借りる場合は借入金となるため、本当は支払っていない役員報酬を支払ったことにして給料遅配の証拠を隠滅していたのだ。


「これは指導を受けた税理士が悪かったと思って諦めてもらうしかなさそうですね」
5〜6年ほど前から売上が低迷して資金繰りが悪化していたようだが、どうやら「赤字を出すと融資が受けられなくなる」という顧問税理士の言葉を信じて粉飾を続けてきたらしい。ここまで悪化する前に不動産を売却してでも経営を立て直すべきだったのだろうが、今となってはそれも不可能なところまで来てしまっていた。今回1,000万円を融資したところで2ヶ月も持たずに資金が底を突くことは明白である。
結論は否決。
資金を投入することで経営が改善される見込みがなければ、融資は実行されないのだ。
余談ではあるが、審査会議の場では公開されないものの、この税理士の名は銀行のデータベースに載ることになるのである。


(注)ストーリーそのものは架空であり、事業者も特定できないようにしています。ただ各回でポイントとなっている部分は事実であり、実際に審査会議で問題となった部分です。