海外取引における「営業黒字・経常赤字」の責任所在

最近、中小企業でも海外取引が増えてきました。
しかしきちんと利益を出せているところは、まだまだ少ないようです。
そんな企業の決算書を見てみると、「営業利益までは黒字」なのに「為替差損で大赤字」になっていることがあります。
そして経営者は「本業は順調なのに、円高の影響で利益が飛んでしまう」と言います。
果たしてこれは本当なのでしょうか?

-----輸出業の問題点とは-----


海外取引と一括りに言っても「輸入業」と「輸出業」に分かれます。

まずは「輸出業」から見ていきましょう。
輸出業のビジネスモデルは「商製品の輸出」です。
日本から海外に商製品を輸出して、その対価として外国通貨(主としてアメリカドル)を入手します。
この外国通貨をそのままにしておけるならば問題はないのですが、日本に持ち込む際には日本円に換算しなければなりません。
この円換算時に「円安」であればより多くの日本円が入手でき、「円高」であればあるほど入手できる日本円は少なくなります。
日本での財務諸表は日本円で表示しなければならないことになっていますので、円高にシフトして入手出来る日本円が少なくなればなるほど、それに伴って計上される利益も少なくなります。
海外取引においては、原則として「取引日における為替レート」によって売上高・売掛金を認識し、その後売掛金が実際に入金される際には入金日のレートで換算されることになります。
これは「実際取引があった日に外国通貨を入手する」と考えて売上高を認識することが合理的だからです。
そして売上代金が入金される時は「その外国通貨を売却して日本円を購入する」と考えます。ここから「取引日と入金日の為替レートに差」があれば、その差額は売上高の金額を修正する取引ではなく、単なる金融取引であると考えます。
売上日と入金日を比較して、入金日の為替レートが円高に振れていたならば、その分入金される売掛金の額は減少することになります。この差額を「為替差損」として「営業外費用」に表示することとなっています。この損失は為替レートの変動という金融取引に起因するからです。

-----為替レートによるリスクヘッジが必要です-----

このように経済が円高にシフトしている状態では利益が減少する一方ですので、経営者は出来るだけ入手出来る日本円を増やすために「為替予約」や「通貨オプション」という制度を利用します。
今回は「為替予約」について見ていきましょう。
「為替予約」とは、為替レートの変動による差損益が生じるリスクをヘッジするために将来の一定の時期における為替レートを取引時点であらかじめ決めてしまうというものです。

売上高を計上する日以前に為替予約等が締結されている場合には、企業の財務諸表における売上高・売掛金は予約レートで計上されます。
これは取引日時点で既に将来入手出来る円建ての金額が確定されているため、その金額で売上高を認識することが最も合理的だとされるためです。
しかし売上高計上後に為替予約を締結する場合には、ひとまず売上計上日における為替レートで売上高・売掛金を計上し、そのレートと為替予約レートとの差額を為替差損益として認識し、営業外取引として計上することになります。
これは「売上計上日に入手した外国通貨を、将来売却して日本円に換算する金額を確定する取引」であると考えられるため、「為替予約も為替レートの変動という金融取引に原因がある」とされるからです。
うまく機能すれば為替レートの変動リスクを最小限に抑える事ができますので、その分企業の稼得利益が上昇する事になります。

-----為替予約は経営者の判断です-----

ここで問題が生じます。
中小企業ではこの為替予約をうまく使えないケースが散見されます。うまく使えないため為替予約をしない事も良くあります。
どちらがいいかという問題ではありません。
ここで考えなければならないのは「為替予約をするかしないかを判断して決定したのは経営者である」ということです。
ここで当初の命題に戻りますが、多くの経営者に見られる「本業は順調なのに、円高のせいで利益が飛んでしまった」という言い訳は、果たして正しい認識なのかということです。
もし経営者の判断で為替予約をしないことを選択したならば、それでも利益が出る価格で値付けをし、あるいは、仕入額を決定する必要があります。
その経営努力を怠った結果が「営業黒字でも経常赤字」に反映されていることになります。
厳しい見方をすると「営業黒字は従業員たちの努力の賜物」であるのに対し、「経常赤字は純粋に経営者の責任」であるともいえるでしょう。
「本業は順調なのに、円高のせいで利益が飛んでしまった」という主張は、逆にいえば「過去は円安であることをうまく利用して、利益を度外視した薄利多売路線を採っていただけ」なのかもしれません。

-----輸入業の問題点とは-----

次に「輸入業」です。
輸入業のビジネスモデルは「商製品の輸入」です。
海外から日本に商製品を輸入して、その対価として外国通貨(主としてアメリカドル)を支払います。
この支払いを日本円でできるならば問題はないのでしょうが、支払う前に外国通貨を購入しなければなりません。
この購入時に「円高」であればより多くの外国通貨が入手でき、「円安」であればあるほど入手できる外国通貨は少なくなります。
日本での財務諸表は日本円で表示しなければならないことになっていますので、「円安」に振れて入手出来る外国通貨が少なくなればなるほど支払いに要する日本円が増加し、それに伴って利益も減少することになります。
経済が円高基調で推移している間は「輸入業」にとっては追い風が吹いていることになります。

-----工場を海外移転する企業が増えてきています-----

それでは海外に工場を設けて製品を製造し、その製品を日本に輸入して販売している企業はどうなのでしょうか。
海外に工場を設けている理由を考えた場合、現地の安い人件費を利用する事が最大の目的となるでしょう。この場合の支払は当然現地通貨(あるいはアメリカドル)でしょうから、円高であればあるほど日本企業にとっては有利だといえるはずです。
このような企業の場合、原則として円高の恩恵を受けて「営業黒字・経常黒字」となるはずです。あるいは「営業赤字でも経常黒字」となることもあるでしょう。
それではこのような企業で「営業黒字・経常赤字」であったとしたら、それはどのような理由からなのでしょうか。

-----輸入業が為替予約をする理由とは-----

経済が円高基調で推移している場合、為替予約をしていなければ原則として「営業黒字・経常赤字」はありえません。製品輸入日と支払日の為替レートを比較すると、入金日の為替レートの方が有利になっているはずだからです。
それではなぜ「営業黒字・経常赤字」となるのでしょうか。
考えられる理由としては「為替予約をしている」ことになります。
なぜわざわざ為替予約をするのでしょう。
一般的な理由としては「これまでは円高基調で推移してきたが、今後円安にシフトすることが予測される」あるいは「より有利な為替レートで予約することで稼得利益の増大を図る」などが考えられます。
もしこれらが理由であったならば、やはり経営者の判断ミスだということが出来るでしょう。

-----悪用すると粉飾にも利用出来ます-----

為替予約のシステムをもう少し詳しく見ていきましょう。
輸出業のケースと同様に、取引日以前に為替予約をしている場合は、その予約レートでの換算額で仕入高を認識することになります。
会計システム上「予約レート換算額での仕入原価」が売上原価に計上されることになり「本来の調達原価」は表示されないことになります。

これは悪用できるのです。

もし本業の悪化を隠そうと思えば、予約価格を低く設定すれば見かけの売上原価が下がることになります。この結果本来の営業赤字が経常赤字に移行する事になります。
これを「本業は順調なのに、円高の影響で利益が飛んでしまう」という表現をしているとしたならば、 責任を経営者から経済や政治に置き換える事が出来てしまいます。

FX取引や外貨建て預金などでも判るとおり、為替取引は非常にハイリスク・ハイリターンです。中小企業においては営業赤字を経常赤字に振り替えることぐらい容易でしょう。
このように円高基調下における「輸入業」での為替予約は「リスクヘッジ」というよりも「稼得利益の増大」か「営業赤字の隠匿」であることが考えられます。
これらの失敗は、どちらの場合をとっても「経営者の責任」以外のなにものでもありません。

もし本当に「本業は順調」なのであれば、為替予約をやめるだけで全ての問題は解決することになります。あるいは本業の資金力を利用して円高時に決済通貨をあらかじめ購入しておく(これで順調に利益を出している経営者をわたしは知っています)ことも出来るはずです。

それにもかかわらず 「本業は順調なのに、円高の影響で利益が飛んでしまう」という言い訳をしているとしたら・・・。
果たして本当に本業が順調なのかが疑わしくなってしまう上に、経営者の資質を疑わざるを得なくなってしまいます。

輸出業においても輸入業においても「営業黒字・経常赤字」は全て経営者単独の責任なのです。