賃貸の店舗を買い取った事が原因で否決されたケース

L社は服飾雑貨販売を営む個人企業である。年商は2,000万円、所得は100万円程度のこぢんまりとした店舗を構えている。経営者であるKさんは70歳の女性。規模も小さいのでこれまでずっと白色申告を選択してきた。
いわゆる大手企業に勤務してきたご主人が数年前に退職したため、多額の退職金と年金が入るようになり、生活には困っていないとのこと。
専業主婦として家にいるとボケてしまうとのことから、赤字さえ出さなければいいとの考えから、これまでも半分趣味としてお店を切り盛りしてきたようである。


限られた常連客だけで商売を行っているため、顧客ニーズはほぼ完璧に把握できており、これまで不良在庫を抱えたことがないのもKさんの手腕であろう。
さほど資金需要もないため、毎回借入金の残高が僅少になった頃に借換で繋いできた経緯がある。これまでの借換では一度も否決されることはなかった。


今回の申込においても、過去の借換時とほとんど内容的に変わるところはなかった。
売上高、利益、資金繰り、全ての面でこれまでとほぼ同様である。そういう意味では非常に安定した企業と言えるだろう。
ただ1つだけ変わったところがあった。
これまで賃借であった店舗を買い取ったのである。
買取価格は1,200万円であり、全額別の銀行からの借入で購入していた。経緯を尋ねたところ、家主に相続が発生したため遺族から買取を打診されたそうである。
銀行に相談したところ、今の賃料より少し少ない返済額で買取ができると言われ、それならばと買取を決断したということであった。

賃料とほぼ同額の返済であるならば、資金繰りにも影響は及ぼさないため、これまでと同様の経営が可能だという判断をしたのだろう。
今回借入残高が僅少となったため、今まで通りの感覚で借換を打診してきた。


結論を先に述べると、今回の案件は否決されたのである。
ではなぜ否決されたのだろうか。


従来と変わったところといえば、
1,経営者の年齢
2,店舗の買取
の2つである。
まさにここに否決された理由が潜んでいる。
そして経営者であるKさんは、その理由に気づいていないのだ。


これまでKさんは半分趣味としてお店を経営してきたので、万が一赤字になったら辞めればいいと考えてきた。
ところが今回の店舗買取によって、これまでのように気軽に撤退ができなくなってしまったのだ。

撤退しようと思えば銀行からの借入金を完済しなければならないからである。

さらにはもう一つ大きな問題が潜んでいることにKさんは気づいていなかった。
この店舗の敷地面積から判断すると、市の条例により将来住宅としての建て替えは不可能となる可能性が濃厚なのだ。
そのうえ店舗面積も非常に小さいため、通常のビジネスで利用するには手狭なのである。

つまり、将来的に利用価値がなくなる可能性が高い物件だったのだ。

これらに加え、まだもう一つ問題がある。
それは税金である。
従来は賃貸であったため家賃は全額必要経費として算入できていた。しかし不動産を購入するための借入金返済額は必要経費とはならない。
中古物件に対するわずかな減価償却費と借入金利息が必要経費となるだけで、年間所得が大きく増額することが予測されるのだ。
つまり、この税金の増額分だけ資金繰りが悪化するのである。


巷では家賃を払うぐらいならば・・・という話は良く聞くが、これはサラリーマンの住宅のケースであり、企業経営にはそのまま当てはまらないのである。

(注)ストーリーそのものは架空であり、事業者も特定できないようにしています。ただ各回でポイントとなっている部分は事実であり、実際に審査会議で問題となった部分です。